united soul 俺は五千の兵を率いて南下していた。 目指すは樊城。 そして、狙うは・・・、関羽の首だ。 「公明、君が来るのを待っていたぞ!」 俺が樊に到着すると、曹仁は喜び勇んで俺を出迎えた。 「子考、あの関羽を相手によく頑張ったな。兵糧も底を尽き始めているんだろう? ここまで持ちこたえるなんて、さすがだな。」 于禁らはすでに関羽に捕らえられていた。そしてこの樊城に残るのは曹仁、満寵と わずかな兵のみ。 関羽の総攻撃を受けながらも、曹仁はなんとか樊城を守り抜いてみせたのだ。 「斥候の報告によるとな、関羽は公安と南郡の守備兵もこの樊に向けているらし い。なんでも、陸口の呂蒙が病気治療のために建業へ戻ったらしくてな。それで、背 後を突かれる心配がなくなり、荊州の守備兵をこっちに向けたってわけだ。」 「そうは言っても、陸口には誰か代わりの人間が赴任したんじゃないのか?」 「陸遜・・・とか言ってたな・・・。聞いたことのない名だな。ま、そういうわけ だ。今まで以上に状況は悪くなるぞ。関羽は荊州兵のほとんどをここに集結させるん だ、万が一包囲されれば・・・、落城必至だ。」 俺は樊城が落ちることよりも、関羽のことの方が心配だった。 城はまた取り戻せばいい。だが、人の命は取り戻すことなどできないのだ。 子考の言っていた「陸遜」という名は俺も聞いたことがない。だが、あの呂蒙に代 わって陸口を守るということは、それ相応の人物なんじゃないのか・・・。にもかか わらず守備兵をここに向けたということは、関羽は陸遜を侮った、ということか。陸 遜という人物が関羽の背後を突けば・・・、関羽は進むも退くもできなくなる。 残された道は・・・、死・・・のみ・・・か。 「樊城は落とさせない。それに、関羽の首は俺が取る。そのために救援に赴いたん だ。子考。明日俺は一軍を率いて打って出る。手薄の陣営を落として来よう。ひとつ でも多くの陣営を叩いて逆にやつらを包囲する。いいか、関羽が包囲網を完成させる 前になんとしてでも決着を着けるんだ。士気の高い大軍に包囲されれば、おまえが言 うように、落城必至かもしれないからな。」 「頼もしいな。よし、任せたぞ、公明!」 月明かりの下、俺はひとり夜風を浴びながら物思いに耽ていた。 目を閉じれば思い出される。初めて関羽に会ったあの日のことが・・・。 張遼に連れられて我が軍に身を投じた関羽。 噂はかねてから耳にしてはいたが、実際にその姿を一目見たとき、俺は大きな衝撃 を受けた。 全身から溢れ出す力強さ。それは武のみならず、彼自身の精神の強さでもあった。 そして圧倒的な存在感。誰もかれもがその姿に釘付けになる。 忠義の男・関羽は噂以上に魅力溢れる男であった。 曹操様が彼に惚れこむのもすぐに納得ができた。 「大兄」と、いつからか俺をそう呼ぶようになった関羽。 俺たちはしだいに親しい付き合いをするようになっていた。語り合えば語り合うほ ど、その魅力に引き込まれた。 武将として、そして一人の人間として、憧れずにはいられない存在であった。 それが、こんな近くにあって敵対しあわなければならないとは・・・。 いつかはこういう日が来るであろうとは思ってはいたが・・・。 雲長。おまえのその首は、この徐晃に取らせてくれ・・・。 おまえは敵将だ、その命を助けてやることなどできない。ならば、せめてその首は この俺に・・・。 翌朝、俺は三千の兵を率いて関羽の陣営を襲った。 囲頭と四冢にあった陣営二つを落とし勝利を収めた。やはり手薄であったのだ。 そして樊城へ引き返そうと軍を進めていると、関羽の率いる一隊と出くわした。 「そこにいるのは大兄か!」 曹操様より賜った赤兎馬にまたがり関羽はそう叫ぶ。 俺は目を細めて関羽を見つめた。 照りつける太陽の下、関羽の勇姿は今、俺の目の前にある。 「雲長か。久しいな。おまえとはもう十年以上も会っていなかったな・・・。元気 にしていたか?」 「ああ、そういえば、もうそんなに会っていなかったか・・・。お互いに随分と年 を取ってしまったものだな。」 俺たちはごく普通の会話を交わした。久々に再会した友との会話、である。 だがしかし。 ここは戦場。 そして、関羽は敵将だ。 「雲長。おまえとこうして会えるのも、これが最後かもしれないな・・・。」 俺はそう言うと兵に向けて攻撃の合図を出した。 関羽はそれを見て取ると、怒りを顕わにした。 「大兄、どういうつもりか!」 「関羽の首を取った者には莫大なる恩賞が待っているぞ!さぁ、狙うは関羽の首の みだ!いけ!」 俺の兵が関羽の兵に襲い掛かる。 関羽自身が動揺しているせいか、関羽の兵は慌てふためくばかりだ。 「大兄!なぜこのような真似をなさるか!たった今、久々の再会に喜びを表してい たばかりではないか!それがなにゆえ・・・。」 「関羽!ここは戦場だ。いいか、俺は曹軍の将だ。そしておまえは劉備の将。つま りは敵同士!昔の感情に流されて国事を忘れるなど、将たる者としてあってはならぬ こと!俺はおまえを討つ!俺は・・・。」 言葉を詰まらせてしまった・・・。 俺には、目の前にいる関羽の未来が見えていたからだ・・・。 「雲長・・・。おまえの首は、この俺に取らせてくれ・・・。最高の友として、お まえの最後をこの俺に・・・。」 それだけを言い、俺は関羽に斬りかかった。 それから数ヶ月後だった。 関羽の死を知ったのは・・・。 俺が思っていた通り、関羽は呂蒙と陸遜の策にはまり死を迎えたのだという。 その背後を、見事に突かれたのだ・・・。 雲長。 その首、俺が取りたかった。 恩賞が欲しくて言っているんじゃない。俺の名を世に知らしめるためでもない。 最高の友として、そして、兄として・・・。 俺はおまえに首を取られるのなら、それも本望と思っていた。 たとえ敗者であっても、かまわないんだ。俺の首を取るのがおまえなら・・・。 おまえも、最期にはそれを望んでくれたであろうか。 徐晃に、この首を取らせてやれば良かった、と・・・。 俺と雲長の魂は、遠い昔からしっかりと結ばれている。 それは、死んでもなお続くのだ・・・。 そうだ、固く結ばれた友情に、終りなんてものはないんだ・・・。 終 |