『風の匂い』





作:銀恋聖母





【黒い牙】と戦っている最中だけど、とくに不満は無かった。
エリウッドがいる、ヘクトルがいる。
フロリーナもいるし、ケントやセインもいる。
でも・・・
時折、底知れぬ寂しさを胸の奥に感じることがある。
あの・・・サカの草原を、懐かしんでいる・・・。

「わぁ、広い草原ね」
「ほんと。なんかサカを思い出しますね」
「そうね・・・」

【悪の牙】と戦うために来たベルンで草原をみつけた。
サカみたいに一面の草原ってわけじゃないけど、とても広い草原だった。

「こんな大きな草原見たの、久しぶりですね」

フロリーナが大はしゃぎで草原を走り回る。
まるで戦いの最中ということが、嘘のように思えてくるほど、楽しそうな笑顔。

「なんだ、随分広い草原だな」
「・・・草原か」

ふと、後ろで声がした。

「ギィ、それにラス!」

この二人は、最近よく一緒に居る。
聞いたところによると、二人とも同じクトラ族だとか。

「あ、リン様。エリウッド様とヘクトル様からの伝言です。
ここら辺で休憩だそうです」
「そう、ありがとう。ギィもラスも、もう休憩していいわよ」
「はい!ありがとうございます」
「わかった」

休憩・・・か。
そう思いながら、草原にそっと座り込む。
そこかから見える風景は、緑の草原と青い空。そして白い雲。
どんな戦いがあっても、そこはあるのは平和な風景だった。
懐かしい・・・
もう一年以上、あのサカの草原を見ていない。
あの草原は、今もこんな風に平和なんだろうか。
前の方では、フロリーナがヒューイと一緒に遊んでいる。
走り回って、お花を探して・・・
以前は私も一緒に遊んでいた。
あの頃は、こんな風になるなんて、夢にも思わなかった。

「はぁ、はぁ・・・リンディス様、向こうにお花がいっぱいありましたよ!」

必死に駆け回って、息が切れながらも目一杯の笑顔で言うフロリーナに、私も笑 顔で答える。

「今行く」

あの草原はもうないけど、でも、一緒にいた人は今でも傍にいる。
新しい仲間も大勢いる。
それに、今の私には成すべき事がある。
・・・でも
・・・でも、少しくらい、思い出に浸っても、いいよね?

「沢山あるわね」
「でしょ、一杯お花があるでしょ?」

フロリーナの言った通り、確かにそこは一面のお花畑。
白や黄色もあれば、ピンクや青もあった。
色取り取りの花たちが、一斉に花開いている。
私は咲いている花を潰さないように、花の無い場所を探してそこに座り込んだ。
そこへ、ふわっと風が吹いてきた。
頬を撫でるような、優しい風・・・
運ばれてくるのは草の匂いに、花の香り。
優しい風に身体を包まれると、ふいに眠気が漂ってくるのがわかった。
眠気は瞬く間に私の意識を飲み込んでしまう。

ドサッ・・・

そして私は、草原に倒れこんだ。
そういえば、こうやって草原で横になるのも、随分と久しぶり・・・
そんなことを考えながら、私の意識はしだいにまどろみに飲まれていった・・・


「リンディス様、すごいお花たちですよね・・・って、あれ・・・」

花たちと戯れていたフロリーナが気づいた時には、すでにリンは静かに寝息をた てていた。

「リ、リンディス様・・・?」

驚いたフロリーナがリンの顔をそぉっと覗き込むと、確かにリンは眠っている。
規則正しい寝息を立てながら、すやすやと眠っている。

「リン、ずっと戦いっぱなしだったからね・・・」

フロリーナはそう呟くとリンの傍に足を揃えて座り込むと、そっと自分の太もも にリンの頭を乗せた。
リンの頭の重みがとても安心のできる重みだということに、フロリーナは微笑を 浮かべた。
自分の主君であり、大切な友人・・・

「わかってるけど、頑張りすぎないでね・・・リン・・・」

優しい風が吹く草原で、風と同じくらいの手つきで、フロリーナはリンの頭を撫 で始めた。



「・・・寝ているのか」
「・・・!」

リンの頭を撫でているうちに、いつの間にか自分も寝てしまっていたようだ。
ふいに男の声がして、フロリーナは体が強張ってしまう。

「・・・リンは、寝ているのか?」
「あ・・・」

それがラスの声だと気づくと、フロリーナの強張っていた体はゆっくりと元に 戻っていく。

「はい・・リンディス様は、寝てしまったようです・・・。
 あの、もう出発ですか・・・?
 だったら、起こしますけど・・・」
「いや、いい」
「え・・・、でも・・・」
「疲れているのだろ。そっとしておいてやれ。
 エリウッド達には、私から伝えておく」

一人戸惑うフロリーナを尻目に、ラスはさっさとその場から立ち去った。

「え・・・えと・・・ら、ラスさん・・・?」

ぽつんと一人取り残されたフロリーナは、しばらく戸惑っていたが、
自分の膝の上で眠るリンの寝息は、少しも乱れてはいなかった。
そんなリンに、フロリーナは再び微笑みを浮かべた。

「・・・たまには、こういうのも、いいよね」

穏やかな日差しの午後。
優しい風と草の匂い、花の香りに包まれながら、リンはフロリーナの膝の上で寝 入っていた。



・・・こういうのも、たまには、いいよね・・・?





『風の匂い』

銀恋聖母様から頂きました。

「・・・こういうのも、たまには、いいよね・・・?」
フロリーナのこの一言がとても印象的です。
彼女の膝の上で眠るリン。
きっと幸せな夢を見ているのでしょうね。
銀恋聖母さん。どうも有り難うございます!!

=モドル=